フォトコンテストのすゝめ Vol.3|フォトコンで写真の“つかみ”を鍛えよう

板見浩史

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入選のコツって何ですか?

 フォトコンテスト専門誌編集長の頃によく質問された言葉です。何を撮れば入選しやすいですか? どんな写真が入選しますか? よく入選する人は何枚くらい応募しているんですか?…などなど。せっかく応募するからには入選しないと面白くない、という気持ちはわかりますが、そのコツをひとことで言い表すのはなかなか難しいものです。

 ひとつ言えるのは〝つかみ〟のある写真、ということでしょうか。それは写真だけではなくあらゆる文芸、芸術、音楽や、ふだんの会話などでも重要なポイントになります。ちなみに辞書で、<つかみ【掴み/攫み】>を調べてみると…

1. つかむこと。手で握ること。
2. 相手の気持ちを引きつけること。また、その事柄。
3. 囲碁で先手を決める方法。

……などとあります。

 つまり、この場合は2の「相手の気持ちを引きつける」ことだということはもうお分かりですね。インパクトのある写真、個性的な写真、と言い換えてもよいでしょう。

 フォトコンテストの場合の〝相手〟とはもちろん審査員。ふつう応募作品数は小規模のもので数百点から数千点、全国規模のフォトコンだと1万点を超えるものもざらにあります(ちなみにキタムラフォトコン2021秋冬の部は19,550点)。それを限られた時間内で選ばなければならないので、審査員も大変です。極端なことを言えば、第1次審査では1点数秒で見るというようなことも普通にあります。

審査員の心を〝つかむ〟写真

 たいていのフォトコンテストには腕に自信のある方々が応募されるだけに、うまい写真、きれいな写真、そつのない写真は、山ほどテーブルに並びます。その中から優れた(…と審査員が判断した)写真を選び、最高賞から順位を付けなければなりません。言ってみれば審査員も自分の写真観や審美眼を問われることになります。そして、審査総評や作品講評で「なぜこの写真を選んだのか」を語らなければなりませんから真剣勝負で、うかつに選ぶわけにはいきません。どうしても自分の心に強い印象を与え、撮影者の受けた感動がストレートに伝わってくる写真しか選べないものです。

 そんな、たくさんの上手な写真の中から自分の心をつかむ写真と出会うことは審査員にとっても最大の喜びになります。写真の基本的なテクニックである、ピント、露出、構図、画面構成などの基本をきちんと踏まえたうえでの、何かプラスアルファのある作品…その何か、が〝つかみ〟であると言ってもよいでしょう。その作者でなければ撮れなかった要素、つまり個性、感性、発見の眼といったオリジナリティーが写真に〝つかみ〟を与えるのです。

 今回はキタムラフォトコン2019春夏各部門の上位作品から、そうした〝つかみ〟のある作品をご紹介しながら、その魅力を解説していきましょう。

花火を切り裂くナイフのイメージ

グランプリ「夢見心地」小林厚幸さん(風景・絶景部門)

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 横浜みなとみらい花火大会での作品ですね。大観覧車と特徴的な形のインターコンチネンタルホテル、横浜を代表するこれらの夜景に花火が重なるゴージャスな競演です。みなとみらいを舞台にした夜景と花火の完璧なコラボレーションと言えそう。

 全国各地の花火の写真はたくさん見ますが、この作品は都会の港というロケーションを最大限に活かした夜景の密度と圧縮感が特長で、ナイフのようにシャープなビルのラインによって切り取られた花火の形が強い印象を与えています。そして選ばれた撮影ポジションもこの視覚効果を十分に予想してのことだと思われます。

 もちろんそうした効果も、比較明合成による花火と夜景の完璧な習得に裏付けされた、精密な画面描写という説得力があってこそ。また、画面右下をさりげなく樹木の葉で押さえたところなど、細かいところの画面処理も効いていて、つくづく完成度の高さに感心する一枚です。

春の夜の幻想に誘い込む手法

準特選「きらめく夜桜」今泉拓也さん(風景・絶景部門)

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 人工的な狭い都会の河川も、桜の季節には両岸から花の枝がせめぎ合って別世界の美しさを見せてくれます。この作品もおそらくそうした場所での撮影なのでしょう。ただ、不思議なのは画面下から中心部だけ花の色が赤く染まっていることです。部分的なフィルター使用による効果かと思いましたが、川面の映り込みなどから判断すると、どうもこの橋の両脇のネオンサインか何かの影響でこのように色彩描写されたようです。

 本当のことは判りませんが、この怪しげで不思議な色彩効果がこの作品の〝つかみ〟となって魅力を高めているのは間違いありません。一見強烈な色に見える桜も、遠景の白と重なり合うことで微妙な美しさを生み出し、春爛漫の夜に迷い込んだ幻想の世界を描き出しています。作者でなければ発見できず、また創り上げることもできなかった個性的な写真として強いインパクトを与えますね。

ブルーに溶け合う宇宙と花の深い印象

特選「2つの想い」山野洋介さん(ネイチャー・生き物部門)

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 まず、星空と藤の花、この二つの題材の取り合わせの妙に驚かされます。比較明合成機能搭載のカメラで撮りやすくなったとはいえ、まだ一般的とは言えない星景写真は地上のどんな景色と組み合わせるかによって、まだまだ大きな可能性を秘めたテーマと言えそう。写真は本来、対象への関心と理解を深めるという目的がなければ、テクニックを弄するだけの趣味に陥ってしまいがちですが、独自の映像美やオリジナリティーの追求も大切。その意味でも、このような目新しい世界を表現した作者の努力は評価に値すると思います。

 この作品は、決して奇抜で意外性だけの取り合わせではなく、眺めているうちに、宇宙と藤の花の神秘が溶け合っていくような静かな感動が湧いてきます。その感情は画面を支配するブルーという色彩が触発する効果でしょう。作者の心の中にあるそんな哲学的なインスピレーションがしみじみと伝わってくるように思えますね。

闇からの視線は悪魔か怪物なのか

準特選「見つめる眼」大下 進さん(ネイチャー・生き物部門)

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 これこそ〝つかみ〟のある写真の典型かも知れません。シンプルでミステリアスで、たとえ子供であってもこの写真には心をつかまれることでしょう。写真は言葉の要らないコミュニケーション、といわれる所以です。また写真表現には、あえて見せないことで鑑賞者に何かを想像させるという手法があります。たとえば昔から諺にも、女性を美しく見せる条件に〝夜目、遠目、傘の内〟があるとされます。

 この写真も露出補正で暗部の黒を完全につぶして、猫の眼だけをシャープに描写しています。これによって一切の情報は消され、見る人によっては闇に潜む怪物のようにも、恐ろしい悪魔のようにも見えてしまいます。〝つかみ〟はあくまでも人の眼をいったん写真に留める働きをさせるだけですが、その余韻と効果は長いほど作品の価値を深めます。この作品はシンプルなだけに、見る人によってさまざまなイメージを広げてくれます。

〝つかみ〟は作品と審査員の対話の始まり

グランプリ「青春全開」竹田徹夫さん(日常・自由部門)

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 強烈な色彩感と男の異様な顔に思わず引き付けられてしまいます。よく見れば、運動会のアメ喰い競争のワンシーンのようですね。これも強い〝つかみ〟のある写真ですが、グランプリまで残ったのは、審査員が最初に感じたインパクトが一次審査、二次審査、そして最終審査まで継続するだけでなく、徐々に写真としての価値を深めていったからです。

 この作品の見どころは、まずカラフルな色彩効果、画面をフルに使ったダイナミックな動態描写、高速シャッターを活かした静止感と質感描写。さらに青年の真剣な表情も若者らしく、見る人の好感を誘います。主催者の立場に立って写真を選ぶ審査員は、特にトップの作品についてはこうしたポジティブな作品イメージも大切にします。〝つかみ〟は、あくまで発端。あなたの作品と審査員が対話を始めるためのきっかけなのです。

心動かす自然風景の小さな乱調

準特選「初夏の滝とハイカー」片桐勝美さん(日常・自由部門)

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 巨大な絹のカーテンのような滝の流れと一人の旅人。赤いリュックもポーズも、良い添景となって作品を引き締めていますね。もちろん人物がポイントであることは間違いありませんが、途中の岩によって乱れた〝カーテンの裾〟も見る人の心をつかむ大きな要素になっています。『美は乱調にあり』は瀬戸内晴美の書いた大杉栄と伊藤野枝の伝記小説のタイトルですが、このような整然と美しい流れの乱れにも、心惹かれるものがあるようです。この作品の場合は、そうしたポイントにもうひとつ人物を重ねて強調したところに強い効果が発揮されたように思います。

 ネイチャーフォトは、ともすれば見る人の心を穏やかにする平穏な写真が良しとされる傾向にありますが、場合によってはこのように見る人の心に少し心に動きを与える写真も〝つかみ〟となるのかもしれません。

 

 

■ナビゲーター:板見浩史(いたみ・こうじ)
1952年、福岡県生まれ。月刊日本フォトコンテスト(現フォトコン)誌の編集長を長年経て、現在はフォトエディター。写真賞や多くのフォトコンテスト審査にも関わる。公益社団法人日本写真協会(PSJ)顧問。カメラのキタムラ フォトカルチャー倶楽部(PCC)理事、一般社団法人日本写真講師協会、日本フォトコンテスト協会代表理事。著書に「カシャッと一句!フォト五七五」(NHK出版)、「世界一受けたい写真のアドバイス」(玄光社)など。

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